第44回楽生曾シネマDEりんりん、新年会プラス、無事終了しました。
今年最初のシネりんは新年会と、公開中の映画「yoyochu sexと代々木忠の世界」の公開中トークとしまして、監督の石岡正人さんにお越し頂きまして、色々とお話をお伺いしました。
まず最初に石岡監督にお聞きしたのは、石岡監督と代々木忠監督の関係からです。
石岡監督は6年ほど、代々木監督の助監督を経験し、AVの作品も作られたと言うことで、現場での代々木監督の姿勢などもその時、じかに体験したそうです。
普段は温厚な方ですが、少しでも怒り出すと、怖い面もあり、まあ、元やくざの世界に いたから、不本意な事には容赦しないと言う感じの様子。
「yoyochu」の映画冒頭は代々木監督の少年時代、小倉時代の話からはじまり、大阪の華道家になるまでの話、そして、やくざの親友に頼まれ、ふたたび小倉へと移り、やくざの世界で組織を動かして抗争した話へと流れて行く。
そこで、石岡監督にその辺のところで、映画では語られていないお話なども少し踏まえて聞いてみた。
その当時はストリップの興行などが始まりだした初期のころで、ストリップで働く女性を軟派して探してきたり、剣劇などの劇団でだんだんと人気もなくなり、途方に暮れた女の子をスカウトしたりして興行を行なっていたと言う。
女の子を騙して働かせる人非人の様な ひどいこともしていたと言うが、その辺の詳しい話は、代々木監督の著書や映画を読み解く本として発売されている東良美季著「虚実皮膜」などをご覧頂くと良いと思います。
ただこのころの経験が代々木監督が女性を学ぶ上で非常に勉強になったとも言えるらしい。
手打ちによりやくざ時代に終止符をうち上京、その時に3人いた愛人も代々木監督と供に上京し、知り合いの所に居候して3人の愛人に食わせてもらうヒモの様な生活をしていたと言う。3人の愛人はストリップで踊り、暇な代々木監督は、コメディアンの方たちと昼間マージャンをしていたりしたと言う。
そんな中、昔興行の世界にいたと言うことで、踊りの振り付けや色々と手伝うことになり、撮影に来ていたピンク映画の世界にもその当時興味を持ち、ひまなので手伝いがてら、経験を買われ、脚本なども書いたりしていたと言う。
映画業界と言えば映画五社の伸びも陰りだし、ピンク映画はそんな中でも人が入り儲かると言うところから、日活が、ロマンポルノとしてピンク映画の製作に参入して来たと言う。
当初はポルノロマンと言う名前にしようとしたがロマンポルノで落ち着いたなんて言う裏話もしかり。
日活は転身したロマンポルノで大成功を収める。
しかしそれに目を付けたのは警察で、その勢い事態が、わいせつと言うものを世間から無くしてしまいそうだったところから、ロマンポルノの何期目かの制作作品に照準を合わせて日活ロマンポルノ裁判として映画史の中でもまれにみる離面史として語り継がれている裁判に進んでゆく・・・詳しくは映画「yoyochu」や映画史を勉強下さいませ。
日活ロマンポルノ裁判で唯一、部外者(下請け会社)で訴えられたのが代々木忠監督で、下請け会社の制作が罪をかぶると言うのはある意味生贄にされたのと同じらしく、いきなり副社長の役職を会社から受け渡され被告となり、この裁判で無罪判決を受ける80年まで戦わなければならなかったと言う。
では、代々木監督がピンクからAVに移るのは、その辺の所が大きいのかと思いきや、それ以外でも日活がピンク市場を維持するために、ライバルである下請けいじめが行なわれ、お金の不払い、女優の出演キャンセルとひどいいじめに会いながらも、代々木監督のピンク映画(手法として、当時ビデオで撮りキネコでフイルム上映した)からは愛染京子さんが出てきてヒットし、そのビデオ手法でしか出来ない長回し「ザ・オナニー」などのピンク映画であるのにドキュメンタリーと言う、今までに誰も見たことのない影像が飛び出し、大ヒットを記録する。
恐らく代々木監督は日本で始めてビデオカメラを使いこなした人であり、AVを創り出した人でもあるとの事。
また、ビデオデッキの普及に大きく貢献したのは、実はAVで、大手電気メーカーの小売店が、ビデオデッキを買うと、もれなく1本アダルトビデオが付いてくると謳い、普及に拍車をかけたと言う。
この戦略に乗らず正攻法で攻めたソニーのβがVHSに負けたと言う都市伝説は、ここから生まれたらしい。
まあ、こうしてピンク映画の世界は80年代を境に衰退して、アダルトビデオが主流になり変わる。巷ではレンタルビデオのショップが過当競争を繰り広げ、現在に至っている訳である。
石岡監督に代々木監督の作品世界の凄さについても聞いてみた。
代々木監督のAVの凄いところは、単なる抜きの映像ではなく、長回しを早送りせずに固唾を呑んで見せてしまう表現方法にある。
また、チャネリングや多重人格の様なAⅤとしてありえなさそうなシチュエーションでの作品も多く、実験的に行き過ぎると、引かれるが、その作品を引かれたままにせず観客側の世界に戻り、エンターテインメントとして送り続けているところが唯一無二の映像作家であるとも言えるそうだ。
一時期、そんな作品が多く代々木監督は宗教の世界へ行くのではないかと言う噂まで流れたくらいである。 そんな話を聞きながら、わたしが思った一番の凄さは、72歳で現役のAV監督でありコンスタントに作品をリリースしていると言う事実と、実はもう10年以上も前からつづいているシリーズがあると言う事だ。「ザ・面接」と言うシリーズは初期のころ見て面白いと思い何作品かは見てきたが、いまだに続き、通産で120タイトル以上のリリースを続けていると言うことだ。
これは本当に凄いし、そこまで人気が保てる作品は今後登場しないのかもしれないと思う。
他にも色々と「yoyochu」のお話を伺いましたが、まあ、ライブでのトークとして楽しんで頂いた方達の受け取り方は人それぞれ、文章ではこの辺の面白さを生かせませんです。はい。
映画「YOYOCHU sexと代々木忠の世界」、銀座シネパトスと渋谷アップリンクファクトリーxにて絶賛公開中ですので、みなさん是非足を運んで下さいませ。
・・・・・地方の方も公開される祭には是非足を運んで下さいませ。
2011年2月5日土曜日
2011年1月12日水曜日
第44回楽生曾シネマDEりんりん・新年会+石岡正人監督「yoyochu」

第44回楽生曾シネマDEりんりん
「新年会2011+石岡正人監督をお迎えして」
みなさま
遅まきながら新年あけましておめでとうございます。
おとそ気分もすっかり抜けて今では仕事や勉学にいそしんでいることでしょう。
今年もシネりんは映画好きの皆様の好奇心をとくと満たすような イベントなどを開催していきたいと思っております。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
さて、今年初のシネマDEりんりんですが、新年会+としまして、映画監督 石岡正人氏をスペシャルゲストとしてお呼びいたします。
石岡監督は2001年に劇場初監督作品「PAIN/ペイン」で日本映画監督協会新人賞を受賞。国外ではオポルト国際映画祭で審査員特別大賞を受賞。またヴェネチア国際映画祭出品と話題になりました。2004年には「TOKYO NOIR トウキョーノワール」を熊澤尚人監督と 3シークエンスを1、5シークエンスづつ共同で監督、独自の映像表現を されています。
現在、1月22日(土)から公開されます話題のドキュメンタリー映画「YOYOCHU Sexと代々木忠の世界」をひかえております。
今作、「YOYOCHU Sexと代々木忠の世界」は石岡監督の師でもある代々木忠監督の映像世界に迫る裏日本映画史といえるドキュメンタリー作品です。
昨年11月にイタリア・ローマ国際映画祭のEXTRA部門にて上映され 石岡監督は72歳になる代々木監督と一緒に レッドカーペットを歩いてきたばかり…。
シネりん開催中は、この作品の公開中イベントトークをプラスとしまして、イタリアでの反応や映画の裏話を沢山伺いたいと 思います。
作品をご覧になってからのご参加は大歓迎!見た感想を直接監督へ伝えられるチャンスですよ!
もちろん新年会ですので、石岡監督を囲んでの懇親会もいつもの通りです!
みなさまのご参加、是非お待ちしております。
1月22日から銀座シネパトス、渋谷アップリンクⅩ
他全国ロードショー 「YOYOCHU Sexと代々木忠の世界」 http://www.yoyochu.com/
詳 細~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆日時:平成23年1月27日(木)第4木曜日
19:00~ 22:00
☆場所:新宿サムライシアター
http://www.tm-t.net/
東京都新宿区新宿3-17-1 HN27ビル6F
℡:03-5366-2947
☆会費:3500円
(公開中トークイベント+懇親会(飲食込み)
☆特別ゲスト:石岡 正人監督
☆聞き手:林 康弘(楽生曾シネマDEりんりん)
楽生曾・シネマDEりんりんHPhttp://www.cinemaderinrin.com/
☆お問い合わせ&連絡先:
林康弘 ℡:090-9290-5143
mail:hayashi6593@s8.dion.ne.jp または、riririnorin93@ezweb.ne.jp
☆締め切り:
基本的に当日参加も可能ですがそれ以前に定員30人になりました場合は締め切ります。
会場の都合などもありますので、なるべく早目のご連絡をお願い致します。
2010年12月24日金曜日
2010シネマDEりんりん忘年会無事終了しました。
2010年12月10日金曜日
2010楽生曾シネマDEりんりん忘年会
2010楽生曾シネマDEりんりん
シネマDEりんりんに参加下さいましたみなさまへ
12月、 師走の忙しい時期をむかえている事と思います
が、シネマDEりんりんの忘年会を開催したいと思います。
ゲスト参加はございませんので、参加されるみなさま次第の盛り上がりとなると思います。
会場の都合で30人前後の忘年会になると思いますがみなさまのご参加お待ちしております。
なを、忘年会当日、7F試写室にて映像なども流したいと思います。
流したい映像等ございましたら、ご持参下さいませ。
☆ 日時:12月15日(水)
18時半受付開始・19時~22時くらいまで!
☆場所:新宿サムライシアター
http://www.tm-t.net/
東京都新宿区新宿3-17-1 HN27ビル6F
℡:03-5366-2947
☆会費:3000円
☆お問い合わせ&連絡先:
林康弘 ℡:090-9290-5143
mail:hayashi6593@s8.dion.ne.jp または、 riririnorin93@ezweb.ne.jp
楽生曾・シネマDEりんりんHPhttp://www.cinemaderinrin.com/
☆締め切り:基本的に当日参加も可能ですがそれ以前に定員30人になりました場合は締め切りたいと思いますご了承を!
シネマDEりんりんに参加下さいましたみなさまへ
12月、 師走の忙しい時期をむかえている事と思います
が、シネマDEりんりんの忘年会を開催したいと思います。
ゲスト参加はございませんので、参加されるみなさま次第の盛り上がりとなると思います。
会場の都合で30人前後の忘年会になると思いますがみなさまのご参加お待ちしております。
なを、忘年会当日、7F試写室にて映像なども流したいと思います。
流したい映像等ございましたら、ご持参下さいませ。
☆ 日時:12月15日(水)
18時半受付開始・19時~22時くらいまで!
☆場所:新宿サムライシアター
http://www.tm-t.net/
東京都新宿区新宿3-17-1 HN27ビル6F
℡:03-5366-2947
☆会費:3000円
☆お問い合わせ&連絡先:
林康弘 ℡:090-9290-5143
mail:hayashi6593@s8.dion.ne.jp または、 riririnorin93@ezweb.ne.jp
楽生曾・シネマDEりんりんHPhttp://www.cinemaderinrin.com/
☆締め切り:基本的に当日参加も可能ですがそれ以前に定員30人になりました場合は締め切りたいと思いますご了承を!
2010年12月7日火曜日
「ばかもの」プレイベント無事終了しました。
「ばかもの」プレイベント無事終了しました。 金子修介監督と脚本の高橋美幸さんをゲストにばかものプレイベントトークを行ないました。金子監督の挨拶は、ばかものの監督、金子修介です。と始まり、この挨拶は、受けるときとすべるときがあります・・・から入りました。・・・今回はすべりましたけどもね(笑)。
さて、今回、金子監督をゲストにお誘いする経緯で、以前、高橋美幸さんに、脚本家のゲストで来てくださいとお聞きしたところ、わたしだけでは心もとないと思うので、脚本を担当した金子監督の映画「ばかもの」の公開や宣伝媒体が用意できてから、監督をお誘いして見ます。と、言われました。そして、そのお約束通りの展開が25日にサムライシアターにて実現したのです。
予告編につづき、わたしが、金子監督と高橋美幸さんを紹介して、ばかものトークを始めたいと思いますと挨拶(少し受けました).
まず、金子監督に何かお話を、と、振ると、金子監督から出た言葉は、高橋さんとは「プライド」でも組んで気心も知れているので、すんなり行くかと思いましたが、すんなり行きませんでしたね。・・・と、すると高橋さんは、ちょっと忌憚のない意見を言わせていただいて懐の深いところに思い切るぶつからせていただきました。すいませんとの返答がありました。
高橋さんは原作が気に入り、脚本の第一項(すでに原作者から了解済み)を監督にみていただいたところから監督目線と脚本家目線の食い違いの話にすすんだらしい。
ただ、その食い違いにも表現方法や現状の原作ものの映画化にいたる制約のようなものが作用しており、その辺のところから話を進めていかないと食い違いの部分を理解出来ないなもしれない。
「ばかもの」を映画化するにあたり、どの様な経緯から始まったかについて金子監督は語られた。東北新社の会長、植村伴次郎さん(金子監督は植村会長の逸話を語られてから話を進めたが、その話は参加したみなさんの脳裏に焼きついた事でしょう)のところに友達の宮川一郎さん(水戸黄門の脚本家でホーマットを作った方)が何十年ぶりかに来社したらしいのですが、その時、「ばかもの」って小説面白いので映画にしたいね。と言う話が出たとの事です。では打ち合わせをしましょうかね?、と、12月12日に打ち合わせの約束を・・その打ち合わせの日に宮川さんがお亡くなりになってしまわれたと言うことです。
そこで植村伴次郎会長は、これはなんとしても映画にしなければいけないと思い、あの奥山和由さんに、奥山君、これは是非映画にしてくれたまえ!と、話が進んだそうです。
奥山さんが脚本を依頼したのが、高橋美幸さんで、奥山さんは高橋さんぽい小説があるんだけども脚本にしてみないかい。と・・・その小説「ばかもの」が、どう、自分ぽいかは高橋さんは?的だったが、小説を読んでみると面白かったので、是非やらせてくださいと返事をしたとの事です。
監督は金子さんが良いのではと言う意見が満場一致で決まり・・・そこから脚本家目線、監督目線の話に進んだということだそうである(脚本の段階では金子監督はまだ関わっていない)。
金子監督は、最終的にはみんなが、良かったねと納得したことを前提に、勿論原作の 絲山さんも納得したことを前提として話します。と、続きを語り始めました。
最近の映画化権を得た原作つきの映画には、昔と違い、監督の好きに原作を映画的にするいと言う風潮が行なえないと言う。
脚本の段階で原作者側に見せてみて、クリアして、初めて映画化へと向うと言うことを語られた。
その方法が良いかどうかは別として出版社側が原作者と原作作品を守ると言う前提のもと映画化が進んで行く様子だ。
絲山さんの原作は以前荒井晴彦さんが脚本を担当した作品「やわらかい生活」(廣木隆一監督作品)で原題「イッツ・オンリートーク」を変更したことにより、脚本家と原作者の争いとなる絲山秋子#映画脚本を巡る訴訟にまで発展した経緯がある。
そういう予備知識のもと、金子監督の話は進んでゆく。
金子監督が脚本を読んで変更したいと思う事をプロットの形で高橋美幸さんに渡す・・・しかし高橋さんは原作通りでもないし、わたしの思案とも方向性が異なるとの意見を金子監督に投げかける。
そこで、金子監督は絲山さんの住んでいる高崎に向かい、小説の流れで主演の二人の関係が長い間と言う時間的な曖昧な表記をしている原作の箇所を、具体的に時間軸で区切り10年として、85年の御巣鷹山から始まり、95年の地下鉄サリン事件までとして表したいとの話をしたところ、絲山さんはそうではなくそういう全員が関わることではなくて全体的に、現代のはなしであると言うことを述べたと言う。全体が現代、すなわち出会いから始めると主人公達がふたたび再会するのは未来になるのか?などと言うことを話の流れで思うが、文学者であり天から降りてきた事を書く天才なんだなと監督は絲山さんを理解して、では終着点を現在として関係が始まる時期を90年代として進めることでどうでしょうかと言う感じで流れをつくることに合意したと言う。
高橋さん曰く、脚本の第一項を完成してOKを頂いた時もそうだが、個人作業でみんなで関わると言う事がそれまで無く、初めて話し合う形が形成されたのがこの時の事だそうです。
そこから、まず、高橋さんと金子監督は主人公二人の出会いが秋休みか冬休みかと言うことで食事をしながら3時間くらいの論争で新たな脚本作りに進んだという(秋休みって聞いた事ないですよとは高橋さんの意見。まあ金子監督の秋休みとは冬休みだと正月を描くだろうと言うことで冬ではない秋と言うことらしいです・・・わたしも秋休みに関しては初耳です(笑))。
ただお二方の脚本作りは細かく詰め大事に進んで行き、この映画の全体像と言う視点、大俯瞰の目で観た小さな地方都市高崎で起こる10年間の大恋愛のお話を形成して行くのだと言う事も、その話し合いの流れから徐々に徐々に形になったのではないかと思いました。
その視点がこの映画の新しいところでもあるテイストで、どこにでもいる若者・・・ばかものが初恋の女性に激しく棄てられ、それでも10年後にまた再開して成長し進んでゆく大恋愛物語、激動の動乱に揺れる大恋愛と言う映画は多々あるが、視点の置き所が、まさに絲山さんが言うところの全員が関わるのでなく、全体が現代の話となるのではないでしょうか・・・なんて事をトークを聞きながら思いました。
他にも、10年の演じ方を10通りで演じるのですか?と言う、成宮寛貴さんに5段階で演じてくれとのお話を・・・・即ちチェリーボーイから彼女を受け入れる男に成長するまでと言う話で、その段階を演じるのは難しい演技でもあり、監督に成宮さんからの御願いとして順撮りで御願いしたいと・・・金子監督は分かったと言いながらも全然順撮りにならなかったとのエピソードもお話下さいました。
監督曰く成宮くんは、それでも素晴らしい演技をしてくれた。非常に良い奴だなと語られた(笑)
逆にもう一人の主演、内田有紀さんについての話を伺うと、内田有紀さんの演じ方は、ともすれば男性が近寄りがたいほどの演技で、過激さを抑えて欲しいと思う演技、男目線の女性のかわいさと、女目線での表現による女性感情の話なども、金子監督と高橋さんからは伺うことが出来ました。
また原作者が何故高崎にこだわり、高崎に住んで描いたかも、別の地方都市で表現しても舞台は良いかもしれないが、それ以上の表現がこだわりの部分で、描けるとも語られました。
高橋さん曰く、白依観音の使い方などが非常に良く現しているとの複線も話して頂きました 。
それ以外でも、横道にそれ前回でコンビを組んだ作品「プライド」の裏話で、最近結婚した満島ひかりさんのお話やステファニーのお話なども同時に飛び出したりと参加されたみなさんはさぞや楽しめたと思います。
他にも色々とその場のライブ感から出た非常に面白い話もありましたが、その辺は参加者のみなさまの胸のうちで消化していただきたい話題でもあります。
今までにない視点から観た大恋愛映画「ばかもの」原作とは一味違うテイストの映画版を今年最後の〆の映画として足を運んで鑑賞してみてはいかがでしょうか!
都内では有楽町スバル座、シネマート新宿、そして舞台となる群馬県高崎市ではシネマテーク高崎とイオンズシネマ高崎で12月18日より公開です。
勿論全国の2011年お正月映画としてロードショー公開ですので今月から来月にかけてお近くの劇場でご鑑賞下さい。年末は皆さん盛り上がるクリスマスなんかもあり、大恋愛をしたい季節でもありますしね。
さて、今回、金子監督をゲストにお誘いする経緯で、以前、高橋美幸さんに、脚本家のゲストで来てくださいとお聞きしたところ、わたしだけでは心もとないと思うので、脚本を担当した金子監督の映画「ばかもの」の公開や宣伝媒体が用意できてから、監督をお誘いして見ます。と、言われました。そして、そのお約束通りの展開が25日にサムライシアターにて実現したのです。
予告編につづき、わたしが、金子監督と高橋美幸さんを紹介して、ばかものトークを始めたいと思いますと挨拶(少し受けました).
まず、金子監督に何かお話を、と、振ると、金子監督から出た言葉は、高橋さんとは「プライド」でも組んで気心も知れているので、すんなり行くかと思いましたが、すんなり行きませんでしたね。・・・と、すると高橋さんは、ちょっと忌憚のない意見を言わせていただいて懐の深いところに思い切るぶつからせていただきました。すいませんとの返答がありました。
高橋さんは原作が気に入り、脚本の第一項(すでに原作者から了解済み)を監督にみていただいたところから監督目線と脚本家目線の食い違いの話にすすんだらしい。
ただ、その食い違いにも表現方法や現状の原作ものの映画化にいたる制約のようなものが作用しており、その辺のところから話を進めていかないと食い違いの部分を理解出来ないなもしれない。
「ばかもの」を映画化するにあたり、どの様な経緯から始まったかについて金子監督は語られた。東北新社の会長、植村伴次郎さん(金子監督は植村会長の逸話を語られてから話を進めたが、その話は参加したみなさんの脳裏に焼きついた事でしょう)のところに友達の宮川一郎さん(水戸黄門の脚本家でホーマットを作った方)が何十年ぶりかに来社したらしいのですが、その時、「ばかもの」って小説面白いので映画にしたいね。と言う話が出たとの事です。では打ち合わせをしましょうかね?、と、12月12日に打ち合わせの約束を・・その打ち合わせの日に宮川さんがお亡くなりになってしまわれたと言うことです。
そこで植村伴次郎会長は、これはなんとしても映画にしなければいけないと思い、あの奥山和由さんに、奥山君、これは是非映画にしてくれたまえ!と、話が進んだそうです。
奥山さんが脚本を依頼したのが、高橋美幸さんで、奥山さんは高橋さんぽい小説があるんだけども脚本にしてみないかい。と・・・その小説「ばかもの」が、どう、自分ぽいかは高橋さんは?的だったが、小説を読んでみると面白かったので、是非やらせてくださいと返事をしたとの事です。
監督は金子さんが良いのではと言う意見が満場一致で決まり・・・そこから脚本家目線、監督目線の話に進んだということだそうである(脚本の段階では金子監督はまだ関わっていない)。
金子監督は、最終的にはみんなが、良かったねと納得したことを前提に、勿論原作の 絲山さんも納得したことを前提として話します。と、続きを語り始めました。
最近の映画化権を得た原作つきの映画には、昔と違い、監督の好きに原作を映画的にするいと言う風潮が行なえないと言う。
脚本の段階で原作者側に見せてみて、クリアして、初めて映画化へと向うと言うことを語られた。
その方法が良いかどうかは別として出版社側が原作者と原作作品を守ると言う前提のもと映画化が進んで行く様子だ。
絲山さんの原作は以前荒井晴彦さんが脚本を担当した作品「やわらかい生活」(廣木隆一監督作品)で原題「イッツ・オンリートーク」を変更したことにより、脚本家と原作者の争いとなる絲山秋子#映画脚本を巡る訴訟にまで発展した経緯がある。
そういう予備知識のもと、金子監督の話は進んでゆく。
金子監督が脚本を読んで変更したいと思う事をプロットの形で高橋美幸さんに渡す・・・しかし高橋さんは原作通りでもないし、わたしの思案とも方向性が異なるとの意見を金子監督に投げかける。
そこで、金子監督は絲山さんの住んでいる高崎に向かい、小説の流れで主演の二人の関係が長い間と言う時間的な曖昧な表記をしている原作の箇所を、具体的に時間軸で区切り10年として、85年の御巣鷹山から始まり、95年の地下鉄サリン事件までとして表したいとの話をしたところ、絲山さんはそうではなくそういう全員が関わることではなくて全体的に、現代のはなしであると言うことを述べたと言う。全体が現代、すなわち出会いから始めると主人公達がふたたび再会するのは未来になるのか?などと言うことを話の流れで思うが、文学者であり天から降りてきた事を書く天才なんだなと監督は絲山さんを理解して、では終着点を現在として関係が始まる時期を90年代として進めることでどうでしょうかと言う感じで流れをつくることに合意したと言う。
高橋さん曰く、脚本の第一項を完成してOKを頂いた時もそうだが、個人作業でみんなで関わると言う事がそれまで無く、初めて話し合う形が形成されたのがこの時の事だそうです。
そこから、まず、高橋さんと金子監督は主人公二人の出会いが秋休みか冬休みかと言うことで食事をしながら3時間くらいの論争で新たな脚本作りに進んだという(秋休みって聞いた事ないですよとは高橋さんの意見。まあ金子監督の秋休みとは冬休みだと正月を描くだろうと言うことで冬ではない秋と言うことらしいです・・・わたしも秋休みに関しては初耳です(笑))。
ただお二方の脚本作りは細かく詰め大事に進んで行き、この映画の全体像と言う視点、大俯瞰の目で観た小さな地方都市高崎で起こる10年間の大恋愛のお話を形成して行くのだと言う事も、その話し合いの流れから徐々に徐々に形になったのではないかと思いました。
その視点がこの映画の新しいところでもあるテイストで、どこにでもいる若者・・・ばかものが初恋の女性に激しく棄てられ、それでも10年後にまた再開して成長し進んでゆく大恋愛物語、激動の動乱に揺れる大恋愛と言う映画は多々あるが、視点の置き所が、まさに絲山さんが言うところの全員が関わるのでなく、全体が現代の話となるのではないでしょうか・・・なんて事をトークを聞きながら思いました。
他にも、10年の演じ方を10通りで演じるのですか?と言う、成宮寛貴さんに5段階で演じてくれとのお話を・・・・即ちチェリーボーイから彼女を受け入れる男に成長するまでと言う話で、その段階を演じるのは難しい演技でもあり、監督に成宮さんからの御願いとして順撮りで御願いしたいと・・・金子監督は分かったと言いながらも全然順撮りにならなかったとのエピソードもお話下さいました。
監督曰く成宮くんは、それでも素晴らしい演技をしてくれた。非常に良い奴だなと語られた(笑)
逆にもう一人の主演、内田有紀さんについての話を伺うと、内田有紀さんの演じ方は、ともすれば男性が近寄りがたいほどの演技で、過激さを抑えて欲しいと思う演技、男目線の女性のかわいさと、女目線での表現による女性感情の話なども、金子監督と高橋さんからは伺うことが出来ました。
また原作者が何故高崎にこだわり、高崎に住んで描いたかも、別の地方都市で表現しても舞台は良いかもしれないが、それ以上の表現がこだわりの部分で、描けるとも語られました。
高橋さん曰く、白依観音の使い方などが非常に良く現しているとの複線も話して頂きました 。
それ以外でも、横道にそれ前回でコンビを組んだ作品「プライド」の裏話で、最近結婚した満島ひかりさんのお話やステファニーのお話なども同時に飛び出したりと参加されたみなさんはさぞや楽しめたと思います。
他にも色々とその場のライブ感から出た非常に面白い話もありましたが、その辺は参加者のみなさまの胸のうちで消化していただきたい話題でもあります。
今までにない視点から観た大恋愛映画「ばかもの」原作とは一味違うテイストの映画版を今年最後の〆の映画として足を運んで鑑賞してみてはいかがでしょうか!
都内では有楽町スバル座、シネマート新宿、そして舞台となる群馬県高崎市ではシネマテーク高崎とイオンズシネマ高崎で12月18日より公開です。
勿論全国の2011年お正月映画としてロードショー公開ですので今月から来月にかけてお近くの劇場でご鑑賞下さい。年末は皆さん盛り上がるクリスマスなんかもあり、大恋愛をしたい季節でもありますしね。
2010年11月7日日曜日
第43回楽生曾シネマDEりんりん「ばかもの」プレイベント
![]() |
| 映画「ばかもの」より |
秋も深まり映画鑑賞には、もってこいの季節となりました。
今月のシネマDEりんりんは12月下旬より有楽スバル座、 シネマート新宿他でお正月映画としてロードショー公開される 映画「ばかもの」のプレイベントです。
この映画は第34回湯布院映画祭、ゆうばり国際映画祭2010、第24回高崎映画祭と各映画祭へ招待され話題を呼びました。
シネりんでは一般公開前に、金子修介監督と同作品の脚本を手がけた高橋美幸さんのダブルゲストをお迎えし、映画について 色々なお話をして頂こうと思っております。もちろんトークの後は、金子監督、高橋さんを囲んでの懇親会質問タイムも設けます。
シネりんでは今年最後のプレイベントとなりますので豪華にしめくくりたいと思っております。
みなさまのご参加を心よりお待ちしております。
※参加定数が会場の都合で30人となります。定数になり次第 締め切りますのでご了承下さい。 ご参加のご連絡、早めにお願い致します。
【小説「ばかもの」のワンシーン】
・・・ヒデは言う。「額子って終わった後の方がかわいいよね」
額子は突っ伏したままくぐもった声で言う…「ばかもの!」
芥川賞作家、絲山秋子原作の傑作恋愛小説「ばかもの」のタイトルは、作中こんな形で言葉になる―。
主演の成宮寛貴さんと内田有紀さんの演技も素晴らしく、特に成宮寛貴さんの代表作になると前評判も高い作品です。また金子監督の演出も冴え渡っています!
絲山文学をみごとに表現―「デスノート」の監督、金子修介氏と「プライド」でも脚本を 務めた高橋美幸さんとの最強タッグによりあたらしい恋愛映画を誕生させました。
「ばかもの」公式HP http://www.bakamono.jp/
詳 細~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆日時:平成22年11月25日(木)第4木曜日
19:00~ 22:00
☆場所:新宿サムライシアターhttp://www.tm-t.net/
東京都新宿区新宿3-17-1 HN27ビル6F ℡:03-5366-2947
☆会費:3500円(トークイベント+懇親会(飲食込み)
※会費とは別に当日、「ばかもの」のチケット販売予定
☆ゲスト:
金子 修介監督
×
高橋美幸さん(脚本)
☆聞き手:林 康弘(楽生曾シネマDEりんりん)
楽生曾・シネマDEりんりんHPhttp://www.cinemaderinrin.com/
☆お問い合わせ&連絡先:林康弘 ℡:090-9290-5143
☆締め切り:基本的に当日参加も可能ですがそれ以前に、定員30人になりました場合は締め切ります。会場の都合などもありますので、なるべく早目のご連絡を!
「442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」プレイベント無事終了いたしました。
「442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」プレイベント、無事終了しました。
当初の予定では、すずきじゅんち監督にお越し頂きプレトークの予定でしたが、9月29日の自動車事故により、無理が出来ない状態と言う事で、配給・宣伝のフイルムヴォイスプロデューサー、生駒隆始さんに監督の代理でトークをしてもらいました。
まず、生駒さんから出た話は、なんども聞かれると言うすずき監督の自動車事故について・・・すずき監督は「442」の同窓会が行なわれている会場に向う途中で事故に遭われたそうだ。重傷を負い、ラスベガスの病院にヘリコプターで運ばれたのだと言う。
その「442の同窓会に向う直前まで生駒さんはすずき監督とメールのやり取りをしていて事故についての知らせはその日の夜に聞いたとの事、すでに東京国際映画祭、日本映画ある視点での上映も決まっていたので、大変なことになったと言う状況に・・・翌日にはすずき監督の婦人、榊原るみさんから直接電話があり婦人とは電話のやりとりが出来たのだと言う。
実は榊原るみさんも、事故の時には同乗していて腕の骨を骨接すると言う怪我をされているが、意識的にはしっかりしているので対応に奔走せざるおえない立場に、監督の方は重傷で、集中治療室に、ただ、事故の後の第一声として榊原さんに話された言葉と言うのが「日本に帰りたい」だったと言う。
この時点での東京国際映画祭への参加は難しいのではないかと思えたが、ドクターストップがない限りは、恐らくすずき監督は帰国するだろうと判断し、帰国の方向で映画祭等の準備を進めることにしたと生駒さんは語られた。
すずき監督の驚異的な回復力、集中力のなせる業で帰国、グリーンカーぺットは車椅子でしたが、27日の上映舞台挨拶には立って登壇し挨拶をこなした意気込みには敬服するしかない。
裏話で、生駒さんからお聞きしたのは、その舞台挨拶時、正面からだと分からないが、真上から見ると頭に大きな傷口があり、その傷口を止めていたホチキスが、やっとはずされたくらいの状況だったと言う。ホチキスで止めると言うのが如何にもアメリカらしい大胆さだとの笑い声がシネりん参加者からもれた。
さて、この辺で「442」についての話に・・・すずきじゅんいち監督は日活撮影所出進で、どちらかと言うとドラマの人である。
「442」の前に「東洋宮武が覗いた時代」を昨年公開している。この作品がすずき監督のはじめてのドキュメンタリー作品でもあり、日系人を描いた作品の最初となる。宣伝配給の立場でここ数年、生駒さんはすずき監督の作品にたずさわり、前作と今回の「442」をくらべ2作目の方が素晴らしく応援したい作品に仕上がっていると言う。
また、前作「東洋宮武・・・」で苦労した点と言うのが日系人についての認識の低さがあり、ご覧になられる年齢層と言うのがシニアの方たちと言う感じの年齢層だったと・・・・確かに、「東洋宮武・・・」の中でも、日系人収容所の話をアメリカの若者にふるシーンがあるが、歴史認識をしている若者と言うのが非常に少なく世代による歴史認識のレベルの低さを感じざるにはいられないとも思った。
生駒さんは言う、今回の「442」は前作にくらべ認識させると言う点、それ以外でも非常にクオリティーの高い作品で、自動車事故に関しても今となれば非常に宣伝する側からすると宣伝効果も上がり、予想以上のパブリシティーも取れ、占めた!と言うことも、後日、監督に「まさに怪我の功名ですね」と話されたと言う。自動車事故の記事が週刊文春に載り、試写に来る方の数も大分増え、それ以降でもスポーツ紙やテレビで多く取り上げられている。
すずきじゅんいち監督が渡米して10年、日本人としてアメリカで生活してみて、日系人の方とも関わる時間も出来、そんな中から日系人を題材にした作品を撮ろうと決意したのだとか。
今作「442」と「東洋宮武」の大きな違いについて、私が思うのは「東洋宮武・・」の場合は当事者が存命ではなく、当時のことを知る方達が語る映画であるのに比べ、「442」は当事者達の証言があからさまに語られる、この事が非常にインパクト大で心に染みると思う。
生駒さんも言う、人を大量に殺してきて、そのことについて家族にも語らずにいた真実を語るシーンや戦争後遺症に今も悩む姿など、今現在のこの方達の証言を撮らないと、この先、「442」の真実の証言を語る方がいなくなると言う意味では貴重なドキュメンタリー映画だと。
映画に出ている方達は85~90代半ば、ある意味、この先証言を撮るのは難しい・・・最後の証言ではないか!
生駒さんの「442」、映画自体の見所として、ネルソン・アカギの証言が一番泣けると、それ以外でも、スティーブ・シミズ・・映画の最初に出てくる人の証言やジョージ・サカトのドイツ人兵士を殺す話などが印象に残る語り部だったと言うことなので、昨日11月13日からのK‘s cinemaにて公開されている本編を公開中に、是非確認してみて下さいませ。
プロデューサーとして今回は宣伝配給だが、本来は制作プロデューサーである生駒さんからはすずき監督と関わる経緯なども非常に面白く聞けたのですがそれに関しては参加されたみなさんの記憶の中に、来年には日系人3部作、第3弾、諜報・通訳の特別部隊ミリタリー・インテリジェンスサービスを描く作品に着手するとのことで、そちらの完成も待ち遠しい。
「442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」全国でも随時公開となると思います。お近くの劇場で公開される時には是非足を運んでくださいませ。
当初の予定では、すずきじゅんち監督にお越し頂きプレトークの予定でしたが、9月29日の自動車事故により、無理が出来ない状態と言う事で、配給・宣伝のフイルムヴォイスプロデューサー、生駒隆始さんに監督の代理でトークをしてもらいました。
まず、生駒さんから出た話は、なんども聞かれると言うすずき監督の自動車事故について・・・すずき監督は「442」の同窓会が行なわれている会場に向う途中で事故に遭われたそうだ。重傷を負い、ラスベガスの病院にヘリコプターで運ばれたのだと言う。
その「442の同窓会に向う直前まで生駒さんはすずき監督とメールのやり取りをしていて事故についての知らせはその日の夜に聞いたとの事、すでに東京国際映画祭、日本映画ある視点での上映も決まっていたので、大変なことになったと言う状況に・・・翌日にはすずき監督の婦人、榊原るみさんから直接電話があり婦人とは電話のやりとりが出来たのだと言う。
実は榊原るみさんも、事故の時には同乗していて腕の骨を骨接すると言う怪我をされているが、意識的にはしっかりしているので対応に奔走せざるおえない立場に、監督の方は重傷で、集中治療室に、ただ、事故の後の第一声として榊原さんに話された言葉と言うのが「日本に帰りたい」だったと言う。
この時点での東京国際映画祭への参加は難しいのではないかと思えたが、ドクターストップがない限りは、恐らくすずき監督は帰国するだろうと判断し、帰国の方向で映画祭等の準備を進めることにしたと生駒さんは語られた。
すずき監督の驚異的な回復力、集中力のなせる業で帰国、グリーンカーぺットは車椅子でしたが、27日の上映舞台挨拶には立って登壇し挨拶をこなした意気込みには敬服するしかない。
裏話で、生駒さんからお聞きしたのは、その舞台挨拶時、正面からだと分からないが、真上から見ると頭に大きな傷口があり、その傷口を止めていたホチキスが、やっとはずされたくらいの状況だったと言う。ホチキスで止めると言うのが如何にもアメリカらしい大胆さだとの笑い声がシネりん参加者からもれた。
さて、この辺で「442」についての話に・・・すずきじゅんいち監督は日活撮影所出進で、どちらかと言うとドラマの人である。
「442」の前に「東洋宮武が覗いた時代」を昨年公開している。この作品がすずき監督のはじめてのドキュメンタリー作品でもあり、日系人を描いた作品の最初となる。宣伝配給の立場でここ数年、生駒さんはすずき監督の作品にたずさわり、前作と今回の「442」をくらべ2作目の方が素晴らしく応援したい作品に仕上がっていると言う。
また、前作「東洋宮武・・・」で苦労した点と言うのが日系人についての認識の低さがあり、ご覧になられる年齢層と言うのがシニアの方たちと言う感じの年齢層だったと・・・・確かに、「東洋宮武・・・」の中でも、日系人収容所の話をアメリカの若者にふるシーンがあるが、歴史認識をしている若者と言うのが非常に少なく世代による歴史認識のレベルの低さを感じざるにはいられないとも思った。
生駒さんは言う、今回の「442」は前作にくらべ認識させると言う点、それ以外でも非常にクオリティーの高い作品で、自動車事故に関しても今となれば非常に宣伝する側からすると宣伝効果も上がり、予想以上のパブリシティーも取れ、占めた!と言うことも、後日、監督に「まさに怪我の功名ですね」と話されたと言う。自動車事故の記事が週刊文春に載り、試写に来る方の数も大分増え、それ以降でもスポーツ紙やテレビで多く取り上げられている。
すずきじゅんいち監督が渡米して10年、日本人としてアメリカで生活してみて、日系人の方とも関わる時間も出来、そんな中から日系人を題材にした作品を撮ろうと決意したのだとか。
今作「442」と「東洋宮武」の大きな違いについて、私が思うのは「東洋宮武・・」の場合は当事者が存命ではなく、当時のことを知る方達が語る映画であるのに比べ、「442」は当事者達の証言があからさまに語られる、この事が非常にインパクト大で心に染みると思う。
生駒さんも言う、人を大量に殺してきて、そのことについて家族にも語らずにいた真実を語るシーンや戦争後遺症に今も悩む姿など、今現在のこの方達の証言を撮らないと、この先、「442」の真実の証言を語る方がいなくなると言う意味では貴重なドキュメンタリー映画だと。
映画に出ている方達は85~90代半ば、ある意味、この先証言を撮るのは難しい・・・最後の証言ではないか!
生駒さんの「442」、映画自体の見所として、ネルソン・アカギの証言が一番泣けると、それ以外でも、スティーブ・シミズ・・映画の最初に出てくる人の証言やジョージ・サカトのドイツ人兵士を殺す話などが印象に残る語り部だったと言うことなので、昨日11月13日からのK‘s cinemaにて公開されている本編を公開中に、是非確認してみて下さいませ。
プロデューサーとして今回は宣伝配給だが、本来は制作プロデューサーである生駒さんからはすずき監督と関わる経緯なども非常に面白く聞けたのですがそれに関しては参加されたみなさんの記憶の中に、来年には日系人3部作、第3弾、諜報・通訳の特別部隊ミリタリー・インテリジェンスサービスを描く作品に着手するとのことで、そちらの完成も待ち遠しい。
「442 日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍」全国でも随時公開となると思います。お近くの劇場で公開される時には是非足を運んでくださいませ。
登録:
投稿 (Atom)

